2012年10月01日

#83 セントエルモの火【楽曲解説・歌詞解釈】

#83 セントエルモの火
アルバム『COSMONAUT』(10.12.15)収録 ― track.10

#82 66号線 『COSMONAUT』track.10 #84 angel fall

<<<歌詞へのリンク>>>

■基本的情報
6枚目のオリジナルアルバム『COSMONAUT』に初収録されたアルバム曲。2008年12月に作曲された「3曲」のうちの2曲目。「HAPPY」と同時並行して作曲された。
タイトルの「セントエルモの火」は、悪天候時などに船のマストの先端が発光(放電)する現象の名だが、基本的にはギリシア神話の「アルゴー船の神話」からイメージしていると思われる。また、この楽曲は演奏が難しいことをメンバーが度々公言しており、ライブではまだ一度も披露されたことがない。


■一般的解釈
インタビュー等でも「どのような内容の歌詞」なのかが一切明言されていない曲。一般的にファンの間では、メンバーである升秀夫のことを藤原が描いた曲ではないかとされている。藤原はこれまでにも、こちらは明言する形で「キャッチボール(増川)」「ベンチとコーヒー(直井)」など、他のメンバーのことをイメージして楽曲を制作したことがあるが、升をイメージして作曲されたものはこれまで一度も無かった。
そう言われる所以のひとつは、2008年夏に、藤原が升と富士山登山に行ったというエピソードがラジオなどで語られていること。藤原は初めての富士山登頂で、同じく経験がない升には内緒で、同じ日にすこし遅れて升の後ろを登っていったという。これは、楽曲全体が登山をイメージさせる歌詞である「セントエルモの火」の特徴と一致する。何よりも、『COSMONAUT』の歌詞カードでは、「セントエルモの火」の歌詞の隣に富士山の写真が使われているのだ。
タイトルの「セントエルモの火」は、前述の通り「アルゴー船の神話」をモチーフにしていると思われる。この神話の中では、「セントエルモの火」を「双子の神であるカストルとポルックス」と結びつけて語られている。「カストルとポルックス」はそのままふたご座のことであり、同アルバム収録の楽曲『宇宙飛行士への手紙』の一節、<ふたご座でのんびり地球が見たい>との関連性をイメージさせるものである。


■個人的読み解き
徹底的な情景描写と、主人公よりすこしだけ先に進む「君」への強い想いが描かれた楽曲です。
前述の通り、ドラムの升に捧げられた楽曲とみてほぼ間違いありませんが、個人的にはすごく意外にも感じられます。過去の楽曲である「ベンチとコーヒー」では、「いつも俺のことをお見通し」な直井への素直な想いを、「キャッチボール」では、「いじらしい君」である増川への想いをそれぞれ暖かく描いています。
しかし「セントエルモの火」における升への想いはやや異なり、「僕よりも先をゆく存在だ」「君がいたからここまで来れたんだ」「分かり合おうとしたら迷子になるぐらい、お互いややこしい関係だ」と、かなり強い言葉を使い、より踏み込んで歌っています。他のメンバーに対してもそう思っていないわけではないでしょうが、「BUMP OF CHICKEN」にそもそも自分を引き込んだ存在である「升」への思いは、藤原にとって特別であることを感じさせるような歌詞です。
楽曲そのものは、人生の旅路を山登りに仮託して描いています。例えば音楽、たとえば漫画――。分からないけれど、とにかくひとつの夢だとか、そういうものに対して、自分の「憧れ」であったり、「目標」であったり、「同士」であったりする“君”の存在。自分よりすこしだけ先を進む“君”を想いながら、同じ旅路を進む主人公。<立ち止まって知ったよ 笑うくらい寒いや ちゃんと上着持ってきたか>などの、ふとしたような情景描写が、本当の山登りと、人生の合間に立ち止まる人間の様子を見事にクロスフェードさせて表現しています。
秀逸なのは後半。<靴紐結びがてら少し休むよ どうでもいいけどさ 水筒って便利だ/寝転んでみた夜空に 静寂は笑って 月が滲んで揺れる/解らない何かで胸が一杯だ こんなに疲れても足は動いてくれる>――。この「解らない何か」という表現の上手さ! 辛い瞬間も、たくさんあるのに、どういうわけか足は動き続けてくれる。「水筒って便利だな」なんて、実にどうでもいいのにふっと感じてしまう何か、な描写も実に素敵です。この辺り、「Stage of the ground」の<孤独の果てに 立ち止まる時は/水筒のフタを 開ければ/出会いと別れを重ねた/自分の顔が ちゃんと写る>という一節も彷彿とさせる表現です。
自分よりすこし先を進む“君”。彼との距離はどれだけ離れているのだろう? 解らないけれど、でもそんな“君”には、自分が後ろから付いてきていることを、ちょっとだけ知っていて欲しい。いつも見えるのは君の後ろ姿だけ。ねぇ、今どんな顔してる?
ワタクシゴトですが、僕も、登山道こそ違えど、BUMP OF CHICKENと同じ山を今も登っています。彼らが歩いているから僕も、安心して……ではないけれど、でもある確信をもって、勝手に後ろをついて歩いてきています(音楽じゃないけどね)。ひとつの山の、たどり着くことの無い山頂に向けて、さまざまな人がいまも「少しだけ先の人物」を思いながら、登り続けている。そんな情景をイメージさせる、ほんとうに見事な歌詞と言えるでしょう。
インタビューで升は、この曲のことを「これはバンプ・オブ・チキンのドラマーとして、僕にとっては凄く大きな曲ですね」と語っています。また別のインタビューでは、「俺の感情は死んでなかったんだ」「俺はこの曲にふさわしくない人間になってしまったのかもしれないって思って(笑)」と話している場面も。一見演奏技術(ドラムがちょー難しい楽曲です)や、曲の良さそのものに対して言っているようにも感じられますが、この見方をしてみると、ちょっと違って聞こえてくる発言ですね。





※この楽曲に関するメンバーのインタビュー記事を集めています!
コメント欄に、必ず「出典の雑誌・ページ・発言者(例:MUSICA 2011年1月号 45ページ・藤原)」を添えて、ぜひお寄せ下さい。
ゆっくりペースで追加・追記してゆき、より充実した記事にしていきたいと考えています。


posted by ゆうろく at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ■『COSMONAUT』
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